ザ・ケルン・コンサートのレビュー
桜の森の。
ケルンコンサート3曲目を聞くと決まって
坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思う。
山道を上る男の足元、脚絆だろうか?
ラストシーンの桜に埋もれた女の死に顔や
呆然となった男の居住まい。
映像が立ち現れる。
キースはここでも、
純愛の、うつくしい物語を奏でている。
わたしにとってキースとは、
たくさんの小説の映画の絵画の、
あらゆる領域を超えて
インスピレーションを与えてくれる希有な存在なのである。
坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思う。
山道を上る男の足元、脚絆だろうか?
ラストシーンの桜に埋もれた女の死に顔や
呆然となった男の居住まい。
映像が立ち現れる。
キースはここでも、
純愛の、うつくしい物語を奏でている。
わたしにとってキースとは、
たくさんの小説の映画の絵画の、
あらゆる領域を超えて
インスピレーションを与えてくれる希有な存在なのである。
最初の2分だけ
良い点:
即興であの美しいメロディが生まれたのはケルンにおける奇跡とも言える
悪い点:
JAZZ?に対してこれを言ってはいけないのかもしれないが、曲のまとまりが無く、2分経過後疲れて飽きて消してしまう。アドリブだから仕方ないのかもしれないが、どんなメッセージが込められているのか、彼はこの曲を通じて何が言いたいのか皆目不明。更に悪く言えば無責任な音楽とも言える。
総合:
駄作である。確かにこのときこのメロディを良くぞ思いついた!CDを通じてその瞬間に立ち会えた!という感動はあるかもしれないが、それは純粋に音楽そのものが良いというものではなく単なる記念碑的な価値があるのみ。私はCDには音楽的価値しか求めないので、駄作と言い切ります。過去の偉大な作曲家がそうであったとおり、泉のようにあふれ出すインスピレーションを何度も蒸留させ凝縮して一つの曲を作り上げます。(バッハやモーツァルトのようにインスピレーションで曲の構成まで完成させてしまう天才は例外として。)
私個人としては即興で終わるのではなく、この曲のその次の工程を経て出来上がったものが聴きたかった。
即興であの美しいメロディが生まれたのはケルンにおける奇跡とも言える
悪い点:
JAZZ?に対してこれを言ってはいけないのかもしれないが、曲のまとまりが無く、2分経過後疲れて飽きて消してしまう。アドリブだから仕方ないのかもしれないが、どんなメッセージが込められているのか、彼はこの曲を通じて何が言いたいのか皆目不明。更に悪く言えば無責任な音楽とも言える。
総合:
駄作である。確かにこのときこのメロディを良くぞ思いついた!CDを通じてその瞬間に立ち会えた!という感動はあるかもしれないが、それは純粋に音楽そのものが良いというものではなく単なる記念碑的な価値があるのみ。私はCDには音楽的価値しか求めないので、駄作と言い切ります。過去の偉大な作曲家がそうであったとおり、泉のようにあふれ出すインスピレーションを何度も蒸留させ凝縮して一つの曲を作り上げます。(バッハやモーツァルトのようにインスピレーションで曲の構成まで完成させてしまう天才は例外として。)
私個人としては即興で終わるのではなく、この曲のその次の工程を経て出来上がったものが聴きたかった。
これは「奇跡」です
一番好きなのはPart1です。
これが「音楽」なのはまちがいない。が、本当に「ピアノ」なのだろうか、と思う箇所が何箇所もある。
楽譜が出版されていますが同じ演奏をできる人がこの世にいるとは思えない。
(キース自身も不可能なのかもしれない)
私はキース・ジャレットのソロアルバムを全て持っていますが、後年になればなるほど奥行きの深さが増していて、そういう部分に関してはケルンはやはり若い頃の作品なのだな、と感じます。
ただ、ケルンは何度聴いても「奇跡」に触れている気がする。
そういうアルバムは滅多にありません。
バッハやモーツァルトと同じく1000年経ても色褪せないだろう作品。
録音もライブ感が溢れていて最高ですが、その場で聴けた人は幸せで羨ましすぎます。
「奇跡」がその場に生まれるのに立ち会えたのだから。
これが「音楽」なのはまちがいない。が、本当に「ピアノ」なのだろうか、と思う箇所が何箇所もある。
楽譜が出版されていますが同じ演奏をできる人がこの世にいるとは思えない。
(キース自身も不可能なのかもしれない)
私はキース・ジャレットのソロアルバムを全て持っていますが、後年になればなるほど奥行きの深さが増していて、そういう部分に関してはケルンはやはり若い頃の作品なのだな、と感じます。
ただ、ケルンは何度聴いても「奇跡」に触れている気がする。
そういうアルバムは滅多にありません。
バッハやモーツァルトと同じく1000年経ても色褪せないだろう作品。
録音もライブ感が溢れていて最高ですが、その場で聴けた人は幸せで羨ましすぎます。
「奇跡」がその場に生まれるのに立ち会えたのだから。
泉の響きのような音楽
個人的には無調インプロの洪水が味わえる後年の「東京コンサート」(2002)の方が好きだったりする。が、名盤の誉れ高い本盤は今の時代に聴くとECM時代の明るく聴きやすいメロディが際立っており、延々と続くインプロの冷たい緊張感との奇跡的なバランスが素晴らしい。そういう意味では、決して「Jazzy」な音ではないが、インプロ演奏に馴染みの無いライト・リスナーでも入っていきやすい演奏だと思う。キース本人も、最早こういう若々しく明るい演奏スタイルに帰ることはないだろうと思われるので、この盤の存在意義は既に音楽の歴史に刻まれていると言えよう。
何か楽器ができる人は分かると思うが、インプロを延々と何十分もやり続けて指が止まらなかったり、緊張感が途切れなかったりするのは至難の業だ。(上述「東京コンサート」でも数カ所、演奏が途切れる箇所がある。)泉のように湧き出す若きキースのアイデアと詩情、エネルギーの結晶した作品。冷たい清水に触れたように、聴く者の神経を刺激してくれます。それでいて、心地よく美しい。名演でしょう。
何か楽器ができる人は分かると思うが、インプロを延々と何十分もやり続けて指が止まらなかったり、緊張感が途切れなかったりするのは至難の業だ。(上述「東京コンサート」でも数カ所、演奏が途切れる箇所がある。)泉のように湧き出す若きキースのアイデアと詩情、エネルギーの結晶した作品。冷たい清水に触れたように、聴く者の神経を刺激してくれます。それでいて、心地よく美しい。名演でしょう。

聴いてみて分かったことは以下のとおり。
@これはジャズではない。キース・ジャレットというジャンルの音楽。
Aでは、この音楽がジャズではないとしても、この音楽のどこに皆は感動しているのかが僕には分からない。
Bよくメロディアスと言われるがどこが?という感じ。ドビュッシーやラフマニノフのクラシック音楽は良い音楽、美しい音楽だと思う。ついでにいうならピンク・フロイドの「狂気」も美しい音楽。
残りの4枚はまだ聴いていない。聴くかな?買っちゃったけど。。。